『蘊承軒・国際文化芸術窓口』有象因之以立,无形因之以生—-祖国行之拜访张英超先生
2017年11月1日初结束了北京行程,来到了家乡沈阳。4日我与香港美專趙英老师一同拜访了张英超先生。时值张先生策展的《娜瓷—张娜青瓷艺术展》正在辽宁日报美术馆举办。
下面简介一下张英超先生:张先生1984年毕业于鲁迅美术学院油画系,现任鲁迅美术学院建筑艺术设计学院教授,中国工艺美术协会雕塑委员会会员,雕塑杂志观察员,中国世界民族文化交流促进会会员。
趙英先生・張英超先生・執筆者
张先生为我们讲解了《娜瓷—张娜青瓷艺术展》。我印象最深的还是高考时经常学习张英超先生出版的素描色彩画册,这次的拜访,又使我深深崇敬他企划和展示作品的手法的独到了。艺术家创作出了作品,而如何能将艺术家要表现的东西充分的展现给观者,这就考验策展者的匠心了。陶艺家张娜的作品雅致而灵动,精致又舒展,乍看她的茶道器,我有这样一种直觉:要是这些作品在日本展览,一定会在日本茶道专业人士中引起轰动。会场里作品的展示充满着禅意。一件件作品被很艺术的细琢摆放,使那展示的空间具有主题性。这种也或枯山水的白沙铺地、也或禅意的乾枝斜插和看似不经意的松塔点缀……在灯光下,不同的角度都独有意境。
在日本有一位我很尊敬的艺术评论家・原伊丹美术馆馆长坂上義太郎先生,他策划的展览我最喜欢。我每看他企划的展览,那展示的手法使我好像感到作品的作者就在我的面前,似在和我对话交流。看他做的展览听他详道各艺术家的轶事和讲解作品,是我最感充实快乐的时刻!并且受坂上先生的影响我养成了一个习惯,就是看展览时我不只看作家的作品,而且看展示方式手法。有幸今次看张英超先生策划的展览和听他的讲解,我感佩他这种将作者创作的作品从艺术乃至精神层面都很好的展现给观者的展示手法。《娜瓷展》真是好的作品得到了好的展示的最好典范,从此不觉中心里暗自决定关注并期待张先生更多的展览讯息。
张先生送我的一本画册的“Art艺苑・画坛(雕塑)”里,隋丞先生《人与像 英超的素描和雕塑》里有这样一段话:英超的雕塑没有技术的堆砌,那些所谓的“功夫”消解在情感之中,融化在一种精神世界里,他跟“他们”的内心呼应,他将“灵光”的东西表达出来。忘却了技术。……英超的东方性存在于他以宏观的方法看待自己的绘画,把自己和绘画的结合想象为某种自然的结合,因而带有天地间的道理。……
張英超先生彫刻作品鑑賞:女性芸術家・牛毅
看着画册里张先生的雕塑作品、脑海中浮现着在《娜瓷—张娜青瓷艺术展》看到的景象,再看看微信圈里张先生几乎每日必发的“早安”及“晚安”黑白写真图片…共鸣着隋丞先生的文段,这一切真的是将“功夫”消解在情感中,融化在精神世界里!多么细腻的感触和多么独特的视角……我感到他时刻在静心感受着,发现着……他的作品里、企划的展览里、以及每天微信圈的图片里都渗透着禅意,不经意间就能引发我去思索和感悟其中的哲理。
子供
【日本語・概訳】 2017年11月1日、北京での用事を終えると、私は故郷の瀋陽に帰りました。そして4日に香港美術專科学校の趙英先生と共に張英超先生をお訪ねしました。
盈盈・絵児
張先生が企画された《娜瓷—張娜青瓷芸術展》が、遼寧日报美術館で開催されていたのです。
ここで張英超先生を私の読者に紹介しましょう。
張英超先生は1984年に魯迅美術学院の洋画専攻を卒業し、現在は魯迅美術学院の建築芸術設計学院の教授をされています。更に中国工芸美術協会の彫刻委員会会員でもあり、彫刻杂志観察員でもあり、中国世界民族文化交流促進会の会員でもあります。
思麟・思想者
張先生は私たちの為に《娜瓷—张娜青瓷芸術展》の会場を案内して下さいました。「瀋陽魯迅美術学院」の大学受験時、私は常に張英超先生が出版された素描色彩画集を参考にして絵を描いていました。私にとって張英超先生は昔から尊敬する芸術家の一人でした。
今回の企画展を拝観して、私は張先生の品格に更に心を打たれました。
一つ一つの芸術作品を、会場の何処にどのように展示したら、その芸術家の意図した表現を観客に正しく伝える事ができるか・・・それはプロデューサーの腕の見せ所であり、試練でもあります。
娜瓷展風景
陶芸家・張娜氏の作品は雅な風情と共に活気があり、精致でありながらも伸びやかさが感じられます。その茶道具を初めて観た瞬間、「日本で展覧会を開催したら日本の茶道愛好者は皆大喜びするだろう」と私は思いました。作品と展示方法に「禅の心」が込められている事を感じました。
一つ一つの作品が芸術的に並べられています。その展示空間の一つ一つに主題性があります。ある作品には枯山水を思わせる白砂を敷き、別の作品には禅意の一枝が斜めに挿され、また別の作品の回りには松ぼっくりが無造作に置かれ……灯光の下、どの角度から観ても独自の趣があり、全てが絵になります。
私が大変尊敬している日本人芸術評論家であり、元・伊丹美術館館長の坂上義太郎先生は、企画された展覧会がお好きです。坂上先生が企画される展覧会とその展示方式は、まるで観客が作家と対面し、会話をしているようです。坂上先生の企画展覧会を拝観し、その芸術家たちの知られざる一面に触れ、その作品の詳しい解説を聞くことは私の最も楽しい時間の一つです。展覧会でその作家の作品自体を観るだけでなくその展覧会の展示方式も観ることは、その後の私の習慣となりました。
今回初めて張英超先生の企画された展覧会を拝観して、作家が創作した作品を芸術面からは勿論精神面からも表現する見事な展示手法に感服しました。《娜瓷展》は作家の作品が素晴らしい展示のされ方をしている最高のお手本でもあります。張先生が企画されているこれから先の展覧会も楽しみです。
張先生から贈って頂いた一冊の画集「Art芸苑・画坛(彫刻)」。その中で隋丞先生が書かれた『人与像・英超の素描と彫刻』というエッセイにこの様な言葉が述べられています。
「英超の彫刻には技術の積み重ねが無く、所謂“功夫”は情感の中に融けこみ、精神世界に入り込んでいます。彼は“彼ら”と内心で呼応し、彼は“霊光”というような物を表現しています。…英超の東方性(アジア東思想)は巨視的な方法で自分の绘画を取り扱うことに在ります。自分と绘画との结合は、ある意味自分と自然との结合です。従って彼の作品には天地間的な道理が込められています。……」
画集の中にある張先生の彫刻作品を眺めると、頭の中に《娜瓷—张娜青瓷芸術展》で見た光景が浮かんできます。またWeChat(微信)で張先生が每日発信されている“早安”及び“晚安”の白黒写真にも、“功夫”が情感の中に融け込み、精神世界に入り込んでいる事を感じます!極めて細かな感触と極めて独自な視覚と……私は張先生がいつも心静かに感じ、発見されていることを感じます。
張先生の作品にも、企画される展覧会にも、普段微信にアップされる写真にも、全てに「禅の心」があり、観る人の心を知らず知らずに引き入れてしまう哲学的思索を私は感じます。
執筆者:李留雁
張英超先生